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2007年6月9日(土)〜10日(日)
第24回全日本ウェイト制大会
@大阪府立体育館
文責:幅下(当時)主将

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大阪の地にひとり、またひとりと男が集まってきた。
年に一度の全日本ウェイト制大会が開かれるのだ。

しかし、そんな気配はみじんも見せない城西地区の選手達であった。
東京城西支部からの代表選手は
軽量級:西村直也先生
中量級:長谷川泰史先生
軽重量級:富本大治郎先生
そしていつも同好会を指導していただいている森善十朗先生・鎌田翔平先輩の両氏が出場した。
特に森先生は一昨年準優勝、昨年は優勝と来ており今年は連続優勝の期待がかかる中、
果たしてどんな心境だったのだろうか。

大会初日、早くも城西の選手達が惜しくも敗退して行く・・・・
富本先生は一回戦、鎌田先輩は三回戦で両者とも試合の主導権を握り切れなかった。
長谷川先生は、二回戦で相手を攻めきれなかった。
西村先生は本人も言っていた通り最高の動きで相手を攻めるが、一歩及ばず敗退してしまう。
森先生は一回戦シードで二回戦からの戦いだったせいか動きが硬かったが、
後半上段前蹴りが決まり試合を有利に進め勝利。三回戦も危なげなく勝ち上がった。

大会二日目
森先生は四回戦を完勝と言っていい内容で終わる。
そのあとは、開会式で選手宣誓を行っていた。
ここまで各メディアで大きく取り上げられる選手ともなると、このような大役を任せられるのだろう。

しかし、優勝が決まる日に試合以外にも気を使わなければならないとは大変ではないのだろうか。
いや、そのようなプレッシャーすらも自分の闘志に変えるのが一流選手の一流たる所以なのかもしれない。

準々決勝は第21回ウェイト制大会で彗星のように現われ高校三年生にして軽量級4位に入賞した天才少年。
そして三年後の今大会20歳になった長野義徳との対戦だった。
長野選手は前蹴りを放ち試合を有利に進めようとするが、森先生は逆に下段回し蹴りを効かせ快勝する。
これは優勝間違いないと確信した瞬間だった。

しかし神はどうサイを振るか私にはわかっていなかった。
準決勝は、技あり一本を量産して勝ち上がってきた渡辺理想選手だった。
渡辺選手は城北支部であるが森先生が出稽古に行っている関係で、互いに汗を流した間柄。
負けられない。

(注:支部名は誤って表記されています)
試合開始後、互いに大技を出し合い観客は息を呑む。
私は手にじっとりと汗をかいていることに試合の最中気付く。
そして顔を上げた瞬間それは起きた。
先生の拳が、相手の顎を捉える。

崩れ落ちる渡辺選手。

そして立ち上がっては来なかった。
応急処置をしても試合を続けられる状態ではなく、森先生へと反則負けが宣告された。

この瞬間に世界大会への道は閉ざされた。
両選手は果たして何を思っただろうか。
それは私には分からない。
三位決定戦は、一昨年・昨年と決勝を争った松岡朋彦選手だった。
今年は三位決定戦になっても立ちはだかる存在だった。
両者とも四年に一度の世界大会への道が閉ざされたあとの戦い。
この戦いにどのような意義を見つけたのか。
試合が始まる。
両者は最初互角の戦いを演じる。
このまま引き分け、もしや負けか、と思った時に「待て」がかかる。
試合が続行された。
その瞬間に森先生は雄叫び上げ、自らを奮い立たせた。そこから徐々に松岡選手は後手にまわるようになる。
しかしさすがは一昨年の中量級王者。そのままでは終わらず互いに突き・蹴りの応酬となった。
三分間戦い終わった後の判定。
森先輩の勝利だった。
三位決定戦ではあったが、全力を出し戦いきった姿に何かを思う同好会会員は多かったのではないだろうか。

今年度の世界大会のキップは残念ながら手に入らなかった。
しかしそこから先が本当の勝者と敗者を分ける戦いが始まるのだ。
敗者はいつまでも寝そべったまま起き上がらない。
勝者とはそこから早く起き上がり次の目標へと向かう者を言うのではないだろうか。
辛い・苦しい・寂しい。そんな感情を抱きながらも勝者は歩き出す。
ただひたすら前へ、前へ。
森先生はどちらだろうか。
答えは決まっている。
そして私達も歩き出す。
少しでも、追いつけるよう。
いつかは越せるようにと思いながら。

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| ※上記の一部画像はフジテレビ系列『SRS』(2007年6月30日放映)より抜粋させていただきました。 |
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